院長コラム

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「頚椎椎弓形成術に金属固定が本当に必要ですか?」という質問について

以前にもこのコラムで取り上げたことがありますが、私のセカンドオピニオン外来では「脊柱管狭窄症の手術に金属を使う必要が本当にあるのですか」という質問をしばしば耳にします。確かに、脊椎手術が必要な患者さんの中には金属やセラミックなどの人工物がどうしても必要で、それを使えば治療効果が向上するケースもあります。しかし、そういった患者さんは脊椎手術全体の中ではむしろ少ないというのも現実です。私の経験では、他の病院で金属を使った脊椎の手術を勧められ患者さんを診察すると、金属を使わなくても手術ができるケースがとても多いことがわかります。

脊椎手術全体で金属の要否をわかりやすく説明するのはとても難しく、時間もかかります。そこで今回は、これまでのものと多少重複しますが、脊椎手術の中でも頚椎の手術に的を絞って説明いたします。

高齢化が進むわが国では、頚部脊柱管狭窄症や頸椎症性脊髄症という頚椎の病気がますます増加しています。この病気に対して現在日本で最も広く行われているのが頚椎椎弓形成術(頚椎脊柱管拡大術とも言います)という手術です。

驚くことに、この手術ではほぼすべてに金属やセラミックが使われています。金属やセラミックは人工物であり、人体には異物です。使う必要がなければ使わないに越したことはありません。それなのになぜ頚椎椎弓形成術ではこれが当たり前のように使われているのでしょうか。
それは、この手術法そのものの欠点を補うために使われているです。

頚椎椎弓形成術という手術法では、神経の本幹(脊髄:せきずい)が通る通路の後ろ側の骨(椎弓:ついきゅう)を折り曲げてふたを開くように広げます。このようにして狭い脊柱管を広げれば、今まで狭いところで圧迫され潰されていた脊髄は圧迫から解放されます。しかし、時にはいくつかの問題が起こります。

第一の問題は、この開いた椎弓による合併症です。
例えば、この開いた椎弓が術後何日かして閉じてしまうことがあります。椎弓が閉じれば脊柱管は狭くなり脊髄が再び圧迫されます。
また、下の写真のように開いた椎弓が折り曲げたところで骨折して外れてしまい、外れた椎弓が脊髄や神経根(脊髄から分かれる神経の枝)を傷つけることがあります。

この問題を解決するには開いたすべての椎弓を固定し、開いたままで動かなくしてしまえば良いわけです。そこで使われているのがセラミックのブロック(下の写真左)であり、特に最近非常に多く使われているのがチタン製の小さなプレートとネジです。これはとても高価なもので、プレートとネジ一組で20~30万円します。通常一回の手術で3~5個の椎弓を固定するので、これが3~5組使われています。

第二の問題は、この手術では、椎弓を開いて脊柱管を十分に広げるために、首の骨についている筋肉や靭帯といった首を動かし、姿勢を保つ組織(頚椎の支持組織:しじそしき)をことごとく首の骨から切り離します。次に広げた椎弓を金属で固定するのですが、それには筋肉をさらに広い範囲で首の骨から剥がさなくてはなりません。

このようにして筋肉のダメージが強くなればなるほど、首や肩の痛みも強くなります。同時に、筋肉の機能が障害されるため、首が前に垂れ下がるように曲がる変形(これを後弯変形:こうわんへんけい:と言います)がおこりやすくなります。

したがって、このような変形を防ぐために、新たに予防的な手術を加えたりします。多くは金属のネジと棒状のロッドで首の骨を後ろから固定する方法がとられます。首は四六時中重い頭を支え続けるので、固定の力も相当強くなければなりません。そのために、固定する範囲も長くする必要があります。7つある首の骨全部、時には首より下の背中の骨の一部まで固定しなければならないケースもあります。首が長い範囲で強く固定されれば上や下を向くことや、振り返ったりすることが非常に困難になりますが、それはあきらめてもらうしかありません。

手術で金属などの異物を体の中に入れることにもいくつかのリスクがあります。

リスクその1
背骨の固定には金属のネジ(ボルト)などを使います。神経の本幹がすぐそばを通る背骨に、神経を傷つけずに金属を入れること自体、手術が難しく、時間もかかります。つまり、合併症が起こりやすい手術ということになるのです。

リスクその2
ボルトはよほど入念に入れないと、骨の強度が弱い高齢の患者さんでは緩んだり抜けてしまったりすることがあります。骨から抜けた金属が神経を圧迫したり傷つけたりすると強い痛みや麻痺がおこります。さらに、首では神経の障害による手足の麻痺だけでなく、気管、食道といった臓器にも障害が及ぶことが懸念されます。そして、こういった場合には手術をやり直す必要があります。金属を使った固定術がうまくいかず、何度も手術を受け直さなければならなかった不幸なケースもこれまで少なからず報告されています。

リスクその3
金属を骨の中に入れる手術ではそうでない手術に比べ、傷の中に感染がおこるリスクが高くなります。傷の中が感染すると傷がなかなか閉じなかったり、腫れや強い痛みが出現したりして、治療が長期化します。感染が神経組織に及べば手足の麻痺や排泄の障害が起きたりします。さらに全身に広がれば菌血症という生命にかかわる危険な状態になります。最終的には、感染を完全に治めるためにせっかく入れた金属を取り除かざるを得なかった、といった最悪のシナリオにもなりかねません。

 

私からの提言

頚部脊柱管狭窄症に対して、首の骨の支持組織である筋肉や靭帯を骨から切り離さずに手術を行えば、金属を一切使わずに手術の目的が達成されるのです。