院長コラム

column

頚椎脊柱管狭窄症手術の問題点 その2

日本ではほとんどの頚椎脊柱管狭窄症に対して椎弓形成術(脊柱管拡大術)が行なわれています。
一昔前に椎弓形成術が開発されてから、この術式がこれまでのものより良いと広く受け入れられていたからです。
しかし、驚いたことに、開いた椎弓を残すこの手術法と、古くから行われてきた椎弓切除術、つまり開いた椎弓を残さずに取り除いてしまう手術法とを比べてみて、前者が後者よりも優れているという医学上のエビデンスは、これまでの脊椎外科の歴史上、全く示されていないのです。

前回のコラムで取り上げた男性患者さんの問題も、椎弓を残しておかなければ絶対に起きなかったことですし、もう一度手術をやり直すことなど金輪際なかったはずです。
私は以前からこれを、椎弓形成術に特有の弊害だと考えています。
椎弓形成術では手術後の様々な問題を予防する目的で、下の図のように、ほぼ全例に、開いた椎弓のすき間にセラミックを挿入する、あるいは小さな金属のプレートとネジなどの人工物を使って椎弓を固定します。

頚椎脊柱管狭窄症手術の問題点

両開き式脊柱管拡大術に使うセラミックスペーサー(赤丸)

頚椎脊柱管狭窄症手術の問題点

片開き式脊柱管拡大術に使用する金属のミニプレートとネジ

ところが、人は無意識のうちに絶えず首を動かしているので、骨に固定したこの人工物は、しばしば外れたり緩んだりすることがあります。
そうなると、本来それを予防するための人工物が、予防どころか、脊髄や神経根を損傷する原因となることもあるのです。
実際、これによって神経が傷つき、手足が麻痺したために、手術のやり直しを余儀なくされたという例が多々あります。
弊害の予防策が新たな弊害を生んでしまったという悲しい結果です。
このような経験をした外科医には、安全のために長期間にわたって首にカラーを巻いて動きを制限し、術後安静期間を長くとる傾向や、術後の離床、退院、社会復帰、さらにはスポーツの再開をなるべく遅らせる傾向が出てくるのはやむを得ないことだと思います。

もう一つの問題として、骨を金属などの人工物を使って固定する手術の操作にはリスクが伴います。
小さなプレートとネジを首の骨に固定する際、脊髄や神経根を傷つけないように細心の注意が必要です。
これによって手術の時間も長くなりがちです。さらには、人工物で骨を固定する手術には常に感染のリスクが伴います。
頚椎脊柱管狭窄症で手術をする患者さんは免疫力が低下し始める65歳から75歳くらいの年齢層にピークがあるため、脊椎外科医は金属などを使った脊椎固定術後の感染リスクには非常に神経をとがらせているのです。

開いた椎弓の蓋を残しておく従来の椎弓形成術に特有の弊害を以下にまとめます。
1.開いた椎弓が閉じてしまう、あるいは脊柱管の中に落ち込んでしまい、神経を損傷することがある。
これを予防するために、椎弓形成術では脊髄除圧手術に加え、ほぼ全例にセラミックや小さなプレートとネジなどの人工物を使って開いた椎弓を固定する複雑な手術を追加する。
これによって
2.手術時間が長引いて、手術自体のリスクが高まる。
3.これらの人工物が骨から外れたり緩んだりして、椎弓の再閉鎖や落ち込みが起こり、神経損傷のリスクが生じる。
4.骨に金属などの人工物を設置すると感染のリスクが増加する。
5.上記3,4,によって手術をもう一度やり直さなければならないこともある。
加えて、セラミックや金属の逸脱、ゆるみを予防する目的で、術後ベッド上で長期間安静にしなければならない、あるいは、一定期間、首にカラーを巻いて首の動きを制限するなどして予防しなければならなくなる。
6.以上1から5までのすべてが、退院、社会復帰が大幅に遅れてしまう要因となる。

以上が臨床上遭遇しやすい問題です。
このほかにも、開いた椎弓の蓋を残すことでおこる椎弓形成術特有の問題が、まだいくつかあります。
これは次回のコラムでお話しします。