インタビュー
interview
第1第2頚椎亜脱臼の23歳プロスポーツ選手 復帰をめざして筋肉を切らない手術を受ける
第1頚椎(環椎)と第2頚椎(軸椎)が亜脱臼してしまったプロスポーツ選手の男性K選手23歳は、このことが致命的な障害であることを知りました。現役復帰をあきらめきれない彼は、首の機能を損なわない手術はないものかと、半年以上もかけて何人もの脊椎外科医を訪ね歩きました。しかし、すべての医師が首の後ろの筋肉を骨から切り離す方法しか行っていないこと知らされました。そんなある日、私は、かつて私の首の手術を受け現在も現役で活躍している先輩から、K選手を診てくれないかと相談されました。初診時の画像では、K選手の脊椎には先天的な異常がないため、亜脱臼の原因はおそらくプレー中の外傷ではないかと推察しました。
図1
図1でわかるように、中間位と前屈位で第一頚椎(環椎)と第二頸椎(軸椎)が亜脱臼しています。首を後ろにそらすと脱臼が整復されます。図の中の赤線と紺線は環椎の前の部分と軸椎歯突起の前面を表しており、正常の環軸椎では、個人差はあるものの、首の姿勢や動きに関係なく二つは常に接して動きます。K選手の環椎と軸椎は非常に不安定な状態であり、再び首に衝撃が加われば完全に脱臼してしまう恐れがありました。もしそうなれば、延髄直下の脊髄が環椎と軸椎二つの骨によって一瞬で潰され、手足が動かなくなるどころか命さえ危ぶまれます。また、このまま放置すれば、現役復帰は生命の危険が伴うため、あきらめなければなりませんでした。
図2で示すように、第2頚椎(軸椎)には特徴があります。それは、後ろの突起(棘突起:きょくとっき)が頚椎の中で最も大きいこと、そしてそこには頭側から2つ、首側から3つ、左右合計10個の筋肉が付着しており、その数も頚椎の中で最多だということです。ですから、第2頚椎は頭頚部の運動や姿勢保持に際して要のような役割を担っています。
K選手のような環軸椎亜脱臼を治すには手術によって二つの頚椎を固定するしか方法はありません。ところが、図3で見るように、世界最高峰の米国国際頚椎外科学会の教科書にも、環軸椎の手術に限らず、頸椎後方の手術では筋肉を骨からすべて剥がすように指導しています。そのほうが、手術のうまい下手にかかわらず、だれにでもできるからなのでしょう。
このイラストは学会が出版した頸椎手術の教科書から引用したものです。つまり、これが現在でも世界のスタンダードだということです。しかし私は、こんな方法ではたとえ環軸椎を固定できても、首の運動と姿勢保持の要となる筋肉が大きく損傷されてしまえば、激しいプロスポーツでの現役復帰は絶望的だろうと考えました。そこで、私はK選手に「軸椎だけでなく、頚椎の棘突起に付着する筋肉をまったく剥がさずに手術ができたなら、頚椎の機能がほとんど損なわれないので、一縷の望みが残されるかもしれない。受けてみるか?」と提案しました。
私は若いころ、自分が教科書通りに行った首の後方手術の後に、頑固な肩こりや首の痛みを訴える患者さんを多く経験し悩んでいました。そして今から約18年前に、異なる筋肉と筋肉の間にもともと存在する隙間を広げれば、首の後ろの筋肉を頚椎から剥がさずに手術ができることを発見しました。これによって首の後方手術による痛みは激減し、超早期離床-退院-社会復帰が実現されたのです。そこで、このアイデアを頚椎の運動と姿勢保持の要である第2頚椎の手術にも応用できないものかと、日々解剖学の教科書とにらめっこしていたところ、2001年のある日、ここにも筋肉の隙間があることに気が付きました。以来、第2頚椎にも筋肉を剥がさずにこの隙間を広げる手術を行っています。K選手に行ったこの方法(図4、5)も、首の後ろの筋肉がすべて骨に付着したまま残されているので傷の痛みが非常に少なく、さらに、筋肉から骨の中へ流入する血液量も保持されるため、移植した骨の生着が早いということも大きなメリットです。
図4はK選手の手術中に撮った写真で、図5は術後の画像です。彼は手術翌日からカラーもつけずに離床し、7日目にはそのまま退院しました。この状態を目の当たりにしたならば、こんな危険な手術をしてわずか1週間しか経っていないことに驚かれるのではないかと思います。
ところで、棘突起から一度剥がした筋肉をもとに戻して骨に縫い付ければ何も問題ない、と考えている脊椎外科医が少なからずいます。しかし、いったん骨から剥がされた首の筋肉はほとんど機能しないのです。このことをよく表わしているのが図6です。
この患者さんは他院で手術を受けた20歳男性です。第2頚椎と第3頚椎の棘突起に付着する筋肉を一度剥がした後、それぞれ元の位置に戻して縫い付けたようですが、術前はほぼストレートだった首が、術後はご覧のように正常とは逆の後ろ凸になっていて、前に曲げようとしても後ろにそらそうとしても、7つの首の骨は全くたわみのない一本の固い棒のようになっています。20歳の若く柔軟な首でさえも手術の仕方によってはこんなことにもなるのです。これとは逆に、第2頚椎の筋肉を剥がさない手術を受けたK選手は、図1でわかるように術前はストレートネックでしたが、術後は図5で示す通り、正常な前方凸の弯曲を取り戻しています。首の筋肉を剥がすか剥がさないかで、こんなに大きな差が出てしまうのです。
K選手の今後ですが、固定に使った金具が頭の直下にあるため、激しいスポーツを行うことが前提であればその金具の大半は抜去すべきです。環椎と軸椎の間に移植した人工骨の生着が確認できたら、すみやかに抜去する予定です。そのためには定期的に画像検査を行わなければなりません。
今回の記事を皮切りに、K選手の復帰への道のりを定期画像検査の結果と共にこのページで報告してまいります。皆さま、彼の復帰を願い、一緒に応援してあげて下さい。
追伸:私が開発した筋肉を残す手術の方法がヨーロッパ頚椎外科学会の教科書に掲載されます。現在準備を進めていますが、完成後にはインターネット上でも供覧できますのでご期待ください。
K選手の7ヶ月経過後のレポートはこちら